2020年8月29日から31日(※休暇申請済み)にかけて、新型コロナウィルスの影響が続くなかではありますが、私は家族と旅行に行ってまいりました。まずは東日本旅客鉄道上野東京ラインを使い移動。平塚(JT-11)からE231系1000番台宮ヤマU66編成+宮ヤマU521編成の1548E列車で東京(JT-01)へ向かいました。
E7系幹ナシF13編成。608E列車→3507E列車。今回乗ったのは最速達種別『かがやき』。残念ながら車内メロディに“北陸ロマン”のW7系ではなく上越新幹線と同じチャイムのE7系でした。昨年の台風19号による千曲川の氾濫で長野新幹線車両センターが浸水し白山総合車両所所属2編成を含む10編成が被災し廃車となったE7系・W7系ですが、元々上越新幹線向けに増備して北陸新幹線に活用されている編成もいますから、東日本(長野または新潟の所属編成)の方が多いことは想定していましたが…。なおこの幹ナシF13編成は長野の所属です。
フルカラーLED式種別行先案内表示器。しっかり『かがやき』と表示されています。新潟に配置されている幹ニシF20編成以降は『とき』や『たにがわ』の表示もできます。
車内は御覧の通りです。なお写真左側には荷物置き場が設置されていますね。
この荷物置き場はもともと座席だったところ(1列目のD・E席)ですね。一部側面窓も封鎖されているため、座席を撤去して改造で設置したものとみられます。
今回乗車したのは“E726-313”という車両。日立製作所笠戸事業所で製造されたようです。これに乗って金沢へ。同駅には昼前の到着です。
昼食はこれにしました。E7系新幹線の形をした弁当と、やわらかヒレカツサンドを東京の駅弁『祭』というところで購入。
東京から約2時間35分、金沢に到着。なお『かがやき』で通過しましたが、北陸新幹線では上越妙高が東日本旅客鉄道と西日本旅客鉄道の境界駅となっており、駅の管理は東日本旅客鉄道です。乗ってきた3507E列車の折り返しは564E列車となります。
そこから父方祖父の地元でもある小松へ向かいます。乗るのは最上段にある4022M列車。
683系4000番台金サワT46編成。4022M列車。今回の4022M列車は金サワT46編成。この先頭車が“クモハ683-5506”とあったので間違いないです。
4022M列車で約15分、小松に到着です。ここは父方祖父の地元であり、人生で一度行ってみたかった場所だったのでよかったです。
ここは小松のなかでも最も行きたかった場所、『土居原ボンネット広場』です。489系の先頭車が展示されており、現役時代には首都圏を走ったことのある歴史ある車両です。
保存されている車両は489系の元金サワH01編成の東北本線・高崎線内を基準として上野(JU-02)寄りに連結されていた先頭車のクハ489-501です。しかも日本国有鉄道のロゴである“JNR”も再現されています。なお同編成に連結されていたもう片方の先頭車のクハ489-1は京都鉄道博物館に展示保存されています。
この時点でのヘッドマークは『そよかぜ』となっていました。この日は車内の公開はありませんでしたが、広場に展示されているので日によっては車内に入ることもできます。
現役時代末期は金沢総合車両所の所属でしたが、保存展示の際に、所属表記を新製配置先だった『大ムコ』としました。現在の吹田総合車両所京都支所(元京都総合運転所)の国鉄時代の所属表記となっています。製造は旧東急車輛製造だったんですねぇ。
なおこのときは日差しが強く真正面では逆光となるため、正面からは撮影していません。ご了承ください。
そのあとは石川県立航空プラザ、小松空港、安宅(あたか)の関などを巡り、再び駅へ。
683系4000番台金サワT49編成。4025M列車。今度はこれで金沢へ。
金沢のシンボルといえばもちろんこれですよね。兼六園口(東口)の鼓門です。同駅は中部の駅百選に選ばれています。ちなみにこの鼓門の反対側には金沢港口(西口)があり、そのエリアには石川県庁があります。ミュージシャンの中田ヤスタカ氏の出身地が金沢のようですね。
初日は金沢への長距離移動および小松市内を巡ったのでここまでとし、2日目に入ります。
朝も金沢の鼓門からスタート。この日はほぼフリータイムですが、まずは兼六園と金沢21世紀美術館を巡りました。
兼六園といえばこの写真の風景を思い浮かべる方が多いと思います。念願だったので本当に行けてよかったぁ。そして金沢21世紀美術館では『スイミング・プール』という作品、あたかもプールの中に入っているかのような感覚を味わえると聞いたので、それを楽しみました。感染症対策のため、プールの中にいられる時間は約5分間、時間帯別に限定されていました。
このあと私は家族と別で行動するため、一旦金沢駅へ。北陸本線を楽しみます。
まずはキハ48-4+キハ48-1004の特急『花嫁のれん』(8012D列車→8013D列車)です。これは金沢旅行計画時から目星をつけており、実車を見てみたかったのです。事前に調べた限りは旅行期間中の3日間は運転されることとなっていました。気動車の特急列車ですが運転日が限られており、注意が必要です。なおこの列車には食事などがついており、乗車の4日前までに購入する必要があります。
花嫁のれんのヘッドマーク。『花嫁のれん』とはもともと娘の幸せを願って嫁ぎ先に渡される嫁入り道具のひとつで、婚礼当日、花嫁が嫁ぎ先に提げられたのれんをくぐって嫁入りするという、旧加賀藩の伝統文化であり、この列車ではそれにちなんで、その利用者に幸せになってほしいという願いがこめられているそうです。
キハ48-4は七尾線内基準で金沢寄りに連結される2号車です。
旅客用扉付近。かなり豪華なデザインになっています。乗降口は車両改造でこの2箇所のみとされました。
所属表記は『金トヤ』と書かれており、富山鉄道事業部の所属とみられます。
キハ48-1004は七尾線内基準で七尾・和倉温泉寄りに連結される1号車です。
とここへ683系4000番台金サワT41編成が4028M列車への充当のためホームへ入線するシーンをキャッチ。
特急『花嫁のれん』と並ぶ姿をキャッチ。
この『花嫁のれん』が停車していた4番のりばは七尾線が発着するホームです。いずれは新型車両の521系100番台もここを発着するようになりそうです。
『花嫁のれん』のデザインは北陸の伝統工芸である輪島塗り、加賀友禅、金沢金箔などをイメージしています。
415系800番台金サワC08編成。848M列車。茜色一色の415系800番台、初めて見ました。もともとは中間車と先頭車で色が異なっていたようですね。七尾線の同系列ですが、521系100番台に置き換えられる予定です。
521系0番台金サワJ05編成。1642M列車。今回はこれに乗ってみます。同系列の3次車にあたり、同編成のデザインは225系に近いですね。223系寄りのタイプかと思っていましたがまさかの3次車ということで、1次車・2次車とはデザインが異なります。
今回はクモハ521-40に乗車。本来この路線ではドア開閉の際には旅客用扉横にある半自動ドアスイッチが使われますが。感染症対策のため自動開閉に変更されています。この座席モケットも225系と同じ茶色が使用されています。
この編成に揺られること約10分、松任(マットウ)で下車しました(同駅の住所は『白山市』です)。この駅で降りたのには近くに金沢総合車両所松任本所があり、車両の検査などを行っています。その松任本所の近くに行ってみたかったのです。
付近を歩いていると、なんと七尾線向け521系100番台が留置されていました(敷地外より撮影しています)。七尾線の521系は初めて見ました。編成を調べたところ、写真手前から金サワU09編成+金サワU08編成+金サワU07編成の2両3編成(6両)が連結された状態で金沢総合車両所松任本所の無架線地帯に留置されています。これらの編成、2020年8月上旬に近畿車両で落成したばかりの最新鋭ということが分かりました。
写真は金サワU09編成のクハ520-109という車両。同系列3次車をベースとし、2021年春から七尾線でICOCAなどICカードのサービスが利用開始となるため、車内には車載型のICカードの改札機(リーダー)が設置されています。編成はクハ520-100+クモハ521-100で組成されており、区分番台は100番台です。最終的に15編成を投入するようなので、残る導入予定数は6編成となります。
さらに歩くと、私もよく知っている見慣れた車両を発見。よく見ると“03829”と書かれてあったので、東京地下鉄日比谷線から引退した千住検車区の03系の03-129Fの両先頭車である、“03-129”(写真奥側)と“03-829”(写真手前側)の2両と思われます。松任本所にいるということは、もしかして北陸鉄道に譲渡するための転用改造待ちの状態ということなのでしょうか。まさか東京で見慣れた車両に北陸の地で再会するとは。
こちらが金沢総合車両所松任本所です。まさかの521系100番台3編成と03系03-129Fの03-129+03-829に出会うとは思いもしませんでした。しかも521系100番台はまだ七尾線での運用開始前ですし、03系に至っては日比谷線時代の塗装のままですので恐らくですが転用改造待ちの状況と思われます。
神奈川・東京・埼玉の3都県を駆け抜けた03系が北陸の地で第2の人生を歩みます。1両を制御電動車に改造する必要がありますが、一体どうするのでしょうか。なおそれ以外では元03系のうち熊本電鉄に譲渡された車両が03形、長野電鉄に譲渡された車両が3000系としてそれぞれ活躍しています。
521系100番台は10月3日から七尾線での営業運転を開始します。茜色の帯の521系は新鮮ですね。なお種別行先案内表示器にはフルカラーLED式となっており、従来の521系0番台とは異なり側面部では種別と行先が一体化されたものに変更となっています。
521系0番台金サワG23編成。1644M列車。本来想定していた521系はこのタイプです。
521系0番台金サワJ07編成。1343M列車。今度も3次車でした。これで金沢に戻ります。
金沢では6番のりばに到着し、あいの風とやま鉄道の521系AK12編成+AK15編成の451M列車と並びました。同じ521系なのに、前面部のデザインやスカートの仕様などがところどころで違うのが面白いですよね。もともとIRいしかわ鉄道、あいの風とやま鉄道に譲渡された521系の大半は元G編成(ただしハイフン以下55・56は元J編成)だったんですよね。
先ほど乗ってきた521系0番台金サワJ07編成。この編成はクモハ521-42+クハ520-42で構成されています。J編成は新製当初は金沢総合車両所ではなく敦賀鉄道事業部(金ツル)の所属だったんですね。
521系0番台IR02編成。453M列車。今度はIRいしかわ鉄道の521系に出会いました。前面部分が青色に塗装されているのがIRいしかわ鉄道の所属車両ということになります。
415系800番台金サワC07編成。852M列車→855M列車。その前の853M列車が金沢6番のりばから発車ということで、それまでは留置ということなのでしょうか?
521系0番台金サワJ15編成+金サワJ06編成。646M列車。なぜか西日本旅客鉄道の521系は3次車ばかり。しかも両方とも3次車。3次車はドアエンジンも空気式となっています。
521系1000番台AK17編成。この521系、まさかのレアな1000番台。0番台3次車をベースに川崎重工業兵庫工場で製造され、種別行先案内表示器をフルカラーLEDに変更し(ただし種別と行先表示は別々)、あいの風とやま鉄道向けに2017年12月に登場した車両でした。最終的に5編成(10両)が投入されることとなっています。
その証拠に、車番の“クモハ521-1001”を収めました。1000番台はいまのところ2編成しかいません。あと3編成が投入されるということですね。
金沢といえば鼓門のある兼六園口(東口)が有名ですが、西側の金沢港口(西口)もあります。ホテルが比較的多いほか、東側には金沢市役所があるのに対し、西側には石川県庁があります。
2日目の30日は夜の金沢駅も収めてきました。ライトアップした鼓門もまたいいですね。
3日目の31日は朝から市内を巡り、ひがし茶屋街や武家長屋敷跡を中心に巡りました。本来は近江町市場も巡りたかったですが、暑さと土産探しの時間確保を考慮し断念。
いよいよ金沢とお別れです。ドタバタだったこともあってあっという間の3日間でした。
E7系幹ナシF9編成。3512E列車。このとき乗った『かがやき』はまたも長野所属の編成。W7系を望んでいましたが、結局当たらず(しかし東京到着後に遭遇した3517E列車がW7系の金ハクW6編成での運転でした…)。
E7系幹ナシF15編成。565E列車。すでに回送表示でしたが、その前は『はくたか』だったものとみられます。『はくたか』は元々北越急行の特急列車でしたが、一部列車を除き、東京~金沢間で一部区間各駅停車となる新幹線種別へと引き継がれました。
側面部のフルカラーLED表示器。全席指定席のため座席指定を受けないと『かがやき』に乗れないので、自由席で金沢を目指したい方は『はくたか』をお勧めします。
今回乗車したのは“E726-309”という車両。しかしこの編成、製造場所に注目。
幹ナシF9編成はなんと総合車両製作所横浜事業所で製造された5編成のうちの1編成だったのです。なお昨年の台風19号で被害に遭い総合車両製作所横浜事業所製造の編成も2編成が被災し廃車となっています。
これに乗って東京に無事戻ってきました。東京からは東日本旅客鉄道東海道線。E231系1000番台宮ヤマU502編成+宮ヤマU33編成の1599E列車に乗って平塚まで戻りました。
3日間の旅は暑さや計画不足でドタバタだったこともあり大変でしたが、ある程度の思い出は作れました。今回は“GoToキャンペーン”も適用されていたのもあったので、その分土産に費やすことができました。また行けるときに行きたいです。